生きる楽しみ
何のために
生きる楽しみが欲しい。
生きてて良かった、と、思える何かが欲しい。
私は、独りを楽しむのが、下手くそなんだと思います。
余暇の過ごし方が、分からない。
小説を読む。それも楽しい。
ウィンドウショッピングをする。それも、楽しい。
でも、生きてて良かった、とは思いません。
暇な休日にぼーっとしていると、ふと考えます。
何のために生きているんだったろうか、と。
以前、何かで読みました。
「思い煩うことはない
人生に意味はないのだ」
その通りだと思います。
その通りだと思います、けれど。
今までは、家族の中で、実家で生活していました。
両親と夕飯を食べる。
何気ない会話をする。
週末に一緒にお酒を飲んで、少し贅沢をする。
それだけで、幸せでした。
少しずつ老いていく両親を見るのは辛い。けれど、それ以上に、同じ空間を共有出来ることは、嬉しかったし、幸せだった。
もう、あの中には戻れません。
いずれ、そうなる時は必ず来たのです。
両親は、いつまでも元気でそこにいるわけではありませんから。
それは分かっていましたから、両親と穏やかな時間を過ごすことは、至福の時間でした。
けれど。
もう、私はあの中へは戻れません。
両親はまだ元気ですが、でも、あの中にはもう戻れません。
いずれ来る時が、今来た。
ただそれだけのことです。
クリスマスを、正月を、独りで過ごし。
幸せを感じた日々は、今は遠い。
最近はやっと独りにも慣れて来ました。
「ここはどこだったろう」、そんな風には最近思わなくなりました。
ちゃんと、ここが自分の部屋だと、思えるようになりました。
だから、余計に。
どうして、生きているんだろう、と。
仕事でそれなりにつらいこともあって、なんとかお金を稼いで、家計簿を見つめて、それなりの生活をする。
余暇に買い物に出かけて、小説を読んで、そうしてふと息をついた時に。
つらい思いをしながら、でも、どうして生きているんだっただろうか、と。
幸せも何もないこの日常は、何のためだっただろうか、と。
だから。
楽しみが欲しい。
これのために生きてる、と思えるような、何か楽しいことが。
あの国へ旅行に行くことは、楽しみに成り得ます。けれど、毎週、あるいは毎月、行くことは出来ない。
だから、もっと何か、身近な何か。
生きていたい、と思える、何か楽しいことを探したい。